親子ボート教室 10月11日体育の日、兵庫運河で浜山小学校の児童、保護者を対象に、親子ボート教室が開催されました。 post_393
ボートに乗るのは始めてという子供達。細長いナックル艇に恐る恐る乗り込み、漕ぎ方の説明を受けて、運河の水面を勢いよく漕ぎ進み、水辺でのひと時を親子で楽しんでいました。
このイベントは、神戸市漕艇連盟と浜山青年会が主催し、浜山小学校、浜山小学校PTA会の協力のもと実施されました。
運河を活用した新たな連携
現在、神戸市漕艇連盟が主催する神戸市民レガッタ大会は、神戸市内には適地がなく、市外で行われています。
また、地元浜山の人たちにとって、運河は子供達が近寄ってはいけない危ない場所という認識が一般的だそうです。
「今年4月から兵庫運河をフィールドに地域の方々と協働での活動をスタートさせました。船の荷役作業との調整などまだ課題は多いですが、一つずつクリアしながら、地域スポーツとしてのボートが浸透していくことで兵庫運河がボートのメッカになり、将来市民レガッタ大会が開催できればと思っています。」と神戸市漕艇連盟の横山克治さん。
運河の歴史を紐解くと -キーワードは安全
新川運河
兵庫の港は、西と北を山に囲まれることで北西の季節風が弱く、また水深も深く、天然の良港でした。
しかし、東南の風には無防備だったため、明治2年(1870年)には死者24人、難破船580隻を出すなどの被害を受けました。
この事故を契機に神田兵衛門という人が、私財をなげうって船舶の避難地としてできた船舶の停留のための半円形の運河が新川運河です。
兵庫運河
新川運河の完成で停泊する船の安全は確保されましたが、和田岬付近は高い波が発生し、当時の船は小型だたっため、危険な航行が伴いました。
そこで須磨・長田方面と神戸港の間を和田岬を迂回せずに安全に船が行き来できるバイパスとして明治29年(1896年)に兵庫運河が完成しました。運河の開削に尽力した八尾善四郎(長田区と兵庫区の境にある高松橋に銅像が建っています)という人を始め民間人の方の尽力によるものだそうです。
このように運河は、私人の私財を投げ打っての努力により完成しています。(兵庫運河は新川運河や兵庫運河の総称です)
水面積が34haと日本最大級の規模を誇る兵庫運河は、神戸のまちが港とともに発展していくうえで大きな役割を果たしてきましたが、完成から100年以上経過し、産業での活用が減り、かつてのような役割が失われようとしています。
そして、プロムナードの整備、ペットボトルいかだレースの開催など、まち中の貴重な水辺空間である運河を市民の憩いの場として再生し、活用していこうという試みが始まっています。