阪神・淡路大震災から16年が経過した1月17日に、震災で亡くなられた方々への慰霊と鎮魂、そして震災から生まれた「きずな・支え合うこころ」を語り継いでいくために、ご遺族、市民ボランティア、企業、行政の協働で「阪神淡路大震災1.17のつどい」が開催されました。
前日の16日から雪が舞うなど厳しい冷え込みとなりましたが、17日の早朝から21時の消灯までに4万4千人の方々にお越しいただきました。


「1.17希望の灯り」の分灯
東遊園地にともる「1.17希望の灯り」は、2000年1月17日に点灯されてから、全国へ分灯されています。今年も1月10日以降、全国59箇所に分灯され、これまでの分灯先も含めて、71箇所で点灯されました。

神戸市震災16年追悼の集い
慰霊と復興のモニュメントで行われた式典では、ご遺族の小河昌江さんと矢田市長の追悼のことばがあり、その後、午後9時までに約10,000人の献花がありました。また、区役所など市内各所に設けた記帳所でも、あわせて10,200人を超える方々の記帳がありました。

準備段階から撤去作業まで開催を支えた市民団体や個人のボランティア
「阪神淡路大震災1.17のつどい」の準備は、11月中旬から行われるろうそく作りから始まります。年末年始には竹の集荷を行い、1月15日以降は東遊園地で神港学園神港高等学校硬式野球部をはじめとする多くのボランティアの方々により、竹並べなどの作業が行われました。17日午前5時、中島実行委員長が希望の灯りから運んだひとつの灯りを、皆さんの協力で竹灯篭に分灯していきました。
つどいの終了後、竹の撤収や、その後の収納作業にも多くの方々の参加をいただきました。
皆さん、ありがとうございました。
ご遺族のことば 小河昌江さん
「感謝」には「種」があると思います。誰かに感謝の気持ちを持った時、自分の心には感謝の種がまかれ、その種はやがて育ち、花を咲かせ、実がなり、そして又種を作り、その種は違う誰かの心にまかれ、又花を咲かせていくのだと思います。
私は、阪神・淡路大震災で母をなくしました。すぐにかけつけた時、2階建てのアパートは見るかげもなく、がれきと土の小高い丘のようでした。道具も知恵も勇気もなく、立ちつくす私の前に現れたのは、近くの工務店の寮に住む若い男の人たちでした。
彼らは、まだまだひどい余震が続く危険な状態の中、がれきをかき分け、生き埋めになっているアパートの住人を次々に救い出してくれました。
でも、母はなかなか見つかりません。彼らは余震の合間をぬって、何度もアパートの1階にもぐり、とうとう母をみつけてくれました。
"お母さん、お母さん"、呼んでも母は答えません。でも、握った母の手はまだ温かい気もして、私は"大丈夫。大丈夫"と自分に言い聞かせ、母に迫ろうとしている死の気配をどこかへ押しやろうとしました。
救急車も呼べるはずがない状況の中、私と母は1台の乗用車に案内されました。助けて下さった工務店の方の車です。彼は、私と母を乗せ病院へ向かい、付き添ってくれました。
病院は人であふれかえり、医師たちは足早に廊下を往復し、やがてぽつんと廊下に立ちつくす私のそばで1人の医師が立ち止まり、母の手を取り、一言"何時何分"とだけ看護婦さんに告げ、又足早に去って行きました。
私は、その時はじめて母の死を現実としてつきつけられ、涙が一気に溢れ出しました。
そして、付き添って下さった工務店の方が帰られる時、私はその後姿にただただ深く頭を下げ、彼の姿が廊下から見えなくなるまで見送る事しかできませんでした。
震災の光景は決して忘れる事はないでしょう。でも、それと同時にいつも思い出すのは、あの勇気ある工務店の寮生たちの行動で、私はその度に深い感謝の気持ちを覚えます。そして不思議な事に、その感謝の気持ちは薄らぐ事なく、逆に日に日に深く大きなものになっていくのです。
私は、あの震災の日、私の心に「感謝の種」がまかれたのだと思います。そして、その種は育ち、今私の心に花を咲かせているのだと思います。この花が実になり、種を作り、私も又誰かの心にその種をまく事ができればうれしいなと思います。
最後に、震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。
「阪神・淡路大震災1.17のつどい」実行委員会主催行事
●関電ビル
「震災を忘れない」という想いと命の尊さを感じさせる「1.17」の文字が、神戸関電ビルの窓明かりで映し出されました。
●竹灯篭
亡くなられた方々を追悼し、震災から生まれた支え合う「こころ」を次世代に伝え広げるため、各地からいただいた約10,000本の竹筒を並べ、ロウソクに点灯しました。また、参加者による黙とうを行いました。

●メモリアルサイクリング
1月16日に、東灘区・灘区にある「震災モニュメント」を、自転車で駆け巡り鎮魂の祈りを捧げました。
●炊き出し、コーヒーやチャイの提供など
会場にこられた方へのおもてなしのために、団体や企業により炊き出しが行われました。

●交流テント
ご遺族をはじめ、会場にこられた方の交流とおもてなしの場としてNPO法人阪神淡路大震災「1.17希望の灯り」が運営しました。
●メッセージボードの設置やシンサイミライノハナの展示
神戸市社会福祉協議会によるパネル展示を行いました。また、震災を風化させない取り組みとして、震災から16年の想いを記していただくメッセージボードを設置しました。さらに、来場された皆さんに花びらの形をしたオブジェにメッセージを記入していただいたシンサイミライノハナを学生たちが中心となって展示しました。

●安全のために
BLSKOBEの皆さんに救護体制のご協力をいただきました。